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January 2006

初フェスタ!

日曜日レッズフェスタ行ってきました。
アリーナから自転車で10分というところに住んでいるくせに、初フェスタです。
しかも、初オフ会。
BooHoo! のmaoさんが幹事をしてくださいました。
ご挨拶だけをさせていただいた方を含めて、みんなきれいでおしゃれな人ばかりで感動でした。
衝動買いして持参したミニチーズケーキも好評で、著名ブロガーさんたちの餌付けに成功、もとい、他力本願にせよ印象には残していただけたかと。

さて、9時に新都心駅に集合だったのですが、その時点で、列は、アリーナをぐるっと回って駅方面まで戻り、折り返す、というすさまじい有様でした。列は全然進まないかと思うと、急に走り出したり、一人でゼイゼイ言っていました。「動きやすい服装」って、このためだったんでしょうか?

だけどさすがキャパが大きいところだけあって、入ってみると、割と下の方に席を取れました。
遅くとも8:00に来てそれなり並ぶか、じゃなきゃ列がすっかり無くなってからゆっくり来るか、どちらかがいいと思います。

サッカー教室は、堀之内、エスクデロ、岡野、杉山さんのチームの前で、なかなかいい場所でした。岡野と杉さんがいたので、すごく盛り上がっていました。maoさんによるとホリの甲高い声が響いていたそうなんですが、私は修行が足りなくて、聞き分けられませんでした。残念。
隣の小野、永井チームは、リフティングやドリブルなど個人技指導でした。リフティングは、模範演技というより、すごいんだぞ!と見せびらかしているみたい。だけど、子どももなかなか器用にこなしてました。

会場が暗くなって、ミラーボールが輝いて、選手入場。毎年だそうですが、個人的にはこれが一番盛り上がったかも。わくわくという意味で。
細貝が3番で、堀之内は20番のまま。これは本人の希望もあるんでしょうね。内舘が19番の価値を上げたように、ホリにはぜひ20番の価値を上げてください。
トリは小野だったんだけど、一瞬忘れていて、「さあ!それでは……!」となったとき、「最後は監督かあ」と思ってました。
ジュニアユース、ユース、レディースの選手たちも一緒に紹介されたのはよかったと思う。それに、お偉いさんの話の間、例年お行儀の悪い選手たちがちゃんと聞いていたのは、後ろにユースの子たちがいたかららしい。

トークショーは、岡野たち野人組のおかげで楽しかったし、相馬、黒部の新加入選手の話も聞けてよかったけど、全員の話を聞けるようには出来ないんだろうか? たとえば、「好きなものは最初に食べる」とか他愛ない質問で、「はい」の人はこっち「いいえ」の人はこっち、とか一斉に別れて、その上で、一人捕まえて話を聞くとか。
子どもも小野も飽きてたしね。

スーパーサッカーについては、来年からはいらないんじゃないかな。。。。おもしろくなくは無かったし、盛り上がったと言えば盛り上がったけど、これのせいでいっそうファン・サポとのふれあいコーナーが無くなっているのを思うと、いらないような気がする。これまでのフェスタのレポを見ると、一般の人も交えたドリブル競争があったり、チームに分かれたクイズがあったり、もうすこし触れあいが多かった気がする。それだって、やれるのはほんの一部の人だろうけど、押せ押せで時間短縮のかくれんぼとWANTEDだけじゃ、さびしすぎる。
でもまあ、本気の都築や、最後に乙女ポーズのホリを見られたからいいと言えばいいんだけど。半ば恒例の革靴ギドとか。

スパーサッカーが終わって帰った人が(私たちのグループでも)多かったけど、相当まいていたみたいで、その後は、ちゃかちゃか、あっさり終わりました。
近くには隠れに来た人も探しに来た人もいなかったので、残念でしたが、小野君が平川を、おそらくは嗅覚ですぐ当てたのと、ホリが平川の仮面をかぶっていたのがおもしろかった。オーロラヴィジョンに、平川仮面の人が写っていていったい誰だろう?と思ったのですが、ホリだったのですね。意外に仕込みを欠かさない人でした。

人数多すぎにより、握手でお見送りもなく、場内一周のみ。
でも、あまり渋滞してすぐ帰れないより、これはこれでいいかなと思いました。

最後に、何よりあきれたのがうちのニートことレディアとフレンディア。
入ってくると、左右に分かれて客席の前を回る、それで、反対側中央で再び合流すると、それからちっとも動かなくなる。正面でちょっとポーズを取ってみるだけ。そのまま、まっすぐ中を突っ切って帰りましたとさ。つまり、一人半周しかしてない。
せめて場内一周くらいしましょうよ!
ある意味、啓太のPKと一緒で、芸風を心得てるとも言えるんでしょうが。

ちょっと文句の多いレポですが、入場者4万人越え、という状況では仕方ないと思いますし、なんと言っても、レッズブロガーさんたちとの交流が第一目的でしたので、大大満足の一日でした。


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GGR&クリアファイル

GGRアシスタント、原田あすかさん今日で終わりなんですね。
聞くところによるとすごく熱心に取材されていたとか。しゃべり方も、わりと安定していたので私は好きでした。
いろいろあったでしょうに、「いいことばっかりでした」と泣いてくれて、なんだか申し訳ない思いでいっぱいです。
今後のご活躍をお祈りします。

それから、先日、母が与野フードでレッズのクリアファイルをもらってきました。天皇杯優勝記念の、ピッチでみんなが勢揃いしているやつ。
父がそれを見て「エンゲルスさんがいないぞ」
母も私ものぞき込んで、「あれ?本当だ」
隅から隅まで目で追っていっても発見できず、「誰かの後ろに隠れちゃったのかなあ?」
それでさっき、「確かサッカーマガジンの折り込みポスターも同じ写真だったはず」と思って見てみる。
左から2番目にちゃんと写っている。
「隠れちゃうような位置じゃないのにな?」と思ってもう一度クリアファイルを見ると、同じ位置に、同じくらい大きく写ってました。
なんでみんなそろって気づかなかったのか?
頭頂部が見えなかったから? 謎です。


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「ドイツからの贈りもの」補足 他

「ドイツからの贈りもの」肝心のギドがらみのところがいい加減でしたね。
バンバイルSVじゃなくてSV.バンバイルだし、番組名も「贈り物」じゃなくて「贈りもの」でした。
SV.バンバイルを作った人の名前はフーゴ・クライバーさん。そのひ孫くんも登場していました。
まだ小さな子で、ぶかぶかの10番ユニホームを着ています。
抜けるように色白のかわいい子なのに、挨拶をした勝村氏の股をくぐって走り去るとか、頼まれもしないのに後ろでんぐり返しをするとか「落ち着き無え……」と勝村氏も苦笑していました。
「サッカーで好きなことは?」との問いに
「ゴールを決めること。それから、人を蹴ったり殴ったり出来ること」
だれかこの子にフェアプレーという言葉を教えてあげて。

それから、SV.バンバイルの会長さんと勝村さんとの会話は
「ここは日本で有名なサッカー選手の家です」
「ドイツのサッカー選手といってもいっぱいいるからな……」
「大男ですよ」
「えっ、ブッフバルト……?」
「そうです」
というもの。大男だけでギドと分かってしまう勝村氏、さすが埼玉生まれです。

それから、ベスト16うんぬんの前のギドの言葉は
「私はSV.バンバイルで育ちました。その創始者が日本で最初に国際試合をした人だとは知りませんでした。世界は狭いと感じました」というようなものでした。(間違ってたらすみません)
ギド本人より低い、渋い声の吹き替えで、ちょっと違和感がありました。


それから、小ネタですが、伸二が来るから大原練習場の警備員を増やすそうですが、確かに、何週間か前(でも今年に入ってから)新聞の折り込みチラシの求人広告、日曜にいっぱい入っているやつに、レッズの募集がありましたね。レッズのレの字も書いてませんでしたが「プロのサッカーチームのお仕事です。勤務地、与野・新都心」ではレッズ以外あり得ませんよね。定年退職して家にいる父に受けさせようかと、0,5秒ぐらい思いました。
「制服支給」って、あの派手な制服ですよね。思い浮かべてちょっと笑ってしまいました。
誰が採用されたんでしょうね。


それからもう一つ、ホリエモン逮捕。
彼については「金さえあれば何でも出来る」という発言を直接聞いたかどうかが好悪を決めるポイントになっているような気がします。知人は、その言葉で大嫌いになったそうですが、私はそれは聞かず、奥田経団連会長らの「金さえあれば何でも出来るというのは間違っている」という発言を最初に聞いたので、「あんたに言われたくないわ!」と奥田氏の方がもっと嫌いになりました。
今も、ホリエモンの嫌い度をマイナス2くらいとすれば、奥田氏はマイナス20くらいの嫌い度です。あんたらが日本を悪くしているんだ! (ホリエモンも悪いけどね、もちろん)
それにしても、誰かが墜ちるのを目の当たりにするのは、不思議と寂しさというか、しみじみとした無常感を覚えます。

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「ドイツからの贈り物」

昨日のブログに書いた番組「ドイツからの贈り物」見ました。
1919年、広島似島で、ドイツ人捕虜と日本人とのサッカーの試合が行われた。日本人はまだ、つま先でボールを蹴ることしか出来なかったのに対し、ドイツ人(無論、プロのサッカー選手はいない)はヒールパスなども使い、日本人を翻弄する。
日本のサッカーの歩みはここから始まったと言っても過言ではない。

捕虜たちには、朝夕二回の点呼と週一回の健康診断だけが義務として課せられ、あとは自由だったという。だから、宮島に遠足に行ったり、テニスをしたり、サッカーをしたりしていた。また、パン屋、菓子屋などもあり、似島は小さなドイツといってもよかった。

番組は、その「似島イレブン」のその後を追っていく。
試合のわずか3か月後に、「スペイン風邪」で命を落としたもの。
帰国したが若くして死んだもの。
帰国しての消息が知れないもの。
珍しい名字なので、お子さんの消息が分かった!と思ったのに、そのお子さんはついに写真の顔を見分けず、たぶん別人でしょう、となったもの。

日本に永住し、菓子屋「ユーハイム」を作った、ユーハイム。
日本ではありふれた菓子であるバームクーヘンは、ドイツではイースターやクリスマスなど特別なときだけに作られる菓子なんだそうだ。勝村さんもバームクーヘン作りにチャレンジ。フジのHPによると日本のバームクーヘンの方がおいしいそうだ。
おもしろかったのは、広島で開かれた捕虜たちの手作りの品による「ドイツ物産展」大人気だったそうだが、開かれたのは現在の原爆ドーム。

そして、最後は、帰国しドイツ南部の小さな町にサッカークラブを作った男。
彼は、帰国して後、息子を第二次世界大戦で亡くし、妻も結核で死んだ。彼自身、再び従軍してフランスに行ったそうだ。(再婚してお子さんもご存命)
そんな彼が作ったクラブは、バンバイルSV。現在は会員700人を数えるという。
バンバイルSVの会長さんが、ある民家を指して「日本で人気のサッカー選手の家だよ」という。
ヒントは背が高い人。
なんとギド・ブッフバルト監督の家だったのだ。
ギドは少年時代8年間もこのチームでプレイしていたという。ブッフバルトのブッフとは「ブナの木」のこと。それで、現在、サッカークラブのグラウンドの脇には3本のブナの木が植えてある。
日本サッカーの種をまいてくれたドイツ人、そのドイツ人が作ったクラブで育った人が、再び日本サッカーをはぐくんでくれている。
それが「ドイツからの贈り物」だ。

肝心なこと忘れてましたが、最後にギド本人も登場してました。大原のクラブハウスでインタビューを受けています。自国開催でベスト16に行ったけれど、今度は本当にベスト16に入るべき時だ、と言っていました。
やっぱりその辺を目標にするのが現実的なんでしょうかね……

最後に番組のHPのテキストをコピーします。本当は画像で保存して……とかやり方があるんでしょうが、出来ないので、すみません。リンク張ってもすぐ消えてしまいそうだし。

「日本におけるドイツ年」「2006 FIFAワールドカップ」と今熱い注目を浴びている国・ドイツ。今やほとんど知られていないが、90年前、瀬戸内海に浮かぶ似島に、小さなドイツがあった。  物語の中心は似島にあった「ドイツ人捕虜収容所」の男たち。  『歴史発掘スペシャル ドイツからの贈りもの ~国境を越えた奇跡の物語~』<1月22日(日)16時05分~17時20分>では、日本に欧州サッカーの洗礼を浴びせた当時の捕虜収容所チームのイレブンを追うとともに、「ソーセージ」「バウムクーヘン」とドイツの文化を日本に知らしめたマイスターたちの数奇な運命を描いていく。  今回、ドイツの技と心を伝えた彼らの子孫を探す旅に出た俳優・勝村政信が番組について語った。

 知る人ぞ知る“大のサッカー好き”、勝村政信がドイツを旅することになったきっかけは、ある1枚の写真。それは広島の似島にドイツ人の捕虜収容所があった1919年、広島で初めてサッカーの国際交流試合が行われたときのものだった。日本チームは、広島師範学校の学徒たち。対するは、囚われの身となっていたドイツ人捕虜たち。防戦一方だった日本のサッカーは、ボールを自在に操るドイツイレブンに驚き、欧州サッカーの洗礼を受けた。
「今や世界と互角に戦える日本サッカーの礎を築いてくれた、ドイツ人捕虜とは?」
 こうして勝村の子孫探しの旅が始まった。


勝村政信インタビュー
★最初に番組の企画を聞いた時の印象は?
「(さまざまな偶然に)都合が良すぎる! と思いました(笑)。史実を番組のために変えたのかと思ったくらい。今まで似島のことも、捕虜収容所のことも、収容所にサッカーチームがあったことも知りませんでした。似島の収容所は捕虜に対してとても寛容で、当時は捕虜が給料をもらったり、遠足に行ったりしていたということ。だからこそ(捕虜たちは)ドイツの文化を日本に伝えてくれたのだと思います。」

★中学1年生の時からサッカー部に所属。ポジションはフォワードで、現在3つのチームを掛け持ちしているというほどのサッカー好きである勝村政信。今回のロケでサッカーW杯会場の一つ、ゲルゼンキルヘンのW杯スタジアムを訪れた。

「子供の頃からサッカーが大好きで、サッカー番組をよく見ていたんです。当時はドイツのブンデスリーガのレベルが一番高く、興味を持っていました。W杯スタジアムに入った時は胸が震えました。フットボーラーにしかわからない幸せな瞬間です。」

さらに勝村はドイツの都市・バンバイルで、似島イレブンの一人であるフーゴ・クライバーが帰国後設立したサッカーチーム「SV.バンバイル」の選手たちとプレーした。

「バンバイルで似島イレブンの一人がアマチュアサッカークラブを作った。そのチームからあのギド・ブッフバルト(※1)が出た…誰かがシナリオを書いたとしか思えない。そのチームの紅白戦に出場してゴールを決めたら、トルコ人の監督に『チームに残ってくれ!』と言われました(笑)」
(※1 元西ドイツ代表。現在の浦和レッドダイヤモンズ監督<2004~>)

★似島の捕虜収容所には、バウムクーヘンで有名な「ユーハイム」の創始者カール・ユーハイムもいた。1919年、広島県物産陳列館(現・原爆ドーム)で、捕虜たちが収容所で作ったものを販売する「捕虜製作品展示即売会」が開催され、若きマイスターのカール・ユーハイムは、そこで初めてバウムクーヘンを日本に披露した。
番組ではベルギッシュ・グラッドバッハを訪れた勝村が、本場のバウムクーヘン作りを体験する。

「作るのは楽しかったんですが、もっと真剣に食べなきゃいけないと思いました。とても手間がかかるので一本作るのに2時間くらいかかり、手を抜くと形が崩れてしまうんです。日本ではケーキみたいだけど、ドイツでは“焼き菓子”といった感じでした。でも、実は日本のバウムクーヘンの方がおいしかったりします…(笑)」

★ドイツについての印象は?

「ドイツのイメージはサッカーと車。また、ドイツはゴミ問題の意識が強く、秩序あるドイツに対して畏敬の念を抱くこともありました。役者としてもベルリンの舞台は斬新。いつか行ってみたいと思っていたのですが、今回の舞台はそういった場所とはかけ離れた場所(郊外)ばかりでした。ただ、(今回のロケで)一生のうち、二度と行けない所にいけました。大都市だけじゃなくても(ドイツには)良い所がいっぱいあるんだよと周りに言えます。」

★今回の旅で感じたことは?

「今回のドイツの旅で約3000kmも移動しました。サッカーができたのも楽しかったけど、ドイツで歓待してくださる皆さんの温かさを感じました。バウムクーヘンも焼かせてもらって、時間がかかりましたが文句一つ言わずに対応してもらいました。最後に似島に行った時は不思議でした。ほんとに狭い島で、こんな所からバウムクーヘンやサッカーなどさまざまな文化が伝わったんだという印象でした。」

★今回の番組は捕虜収容所が物語の中心ですが、戦争について考えることは?

「今回のロケで胸が晴れました。以前、リトアニアに行ったことがあるのですが、言葉は通じないのに皆さんがすごく優しかった。ドイツもそう。アジア諸国では“日本”のイメージは悪く捉えられがちな気がしますが、日本以外で日本人として胸をはっていられることがうれしかったです。」

★今回の番組タイトルは「ドイツからの贈りもの」ですが、日本からドイツへの贈りものは何かあると感じましたか?

「この番組が『日本からの贈りもの』だと思います。自分たちの先祖を探して日本からやってきた僕らや、日本から持っていった昔の写真に子孫の皆さんはすごく喜んでくれました。良い恩返しができたかな…と思います。」

★旅を終えて

「ほとんどの日本人が知らないと思いますが、この小さな似島に、かつて“小さなドイツ”があったこと、そしてここがサッカー、バウムクーヘンなどたくさんの文化の発祥の地であることがわかり、とても驚きました。広島がサッカー王国といわれるゆえんがここにあったんですね。
 番組では、たった1枚の似島イレブンの写真を通じて、さまざまな人と出会えました。みんな親切な人たちばかりで、人と人との結びつきを強く感じました。」

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エメ、タバ、トゥット、浦和の涙、バイエルン

感想の羅列ですが……

エメ、年齢詐称で逮捕。
ああもうあほすぎる。でも、「まったくしょうがねえなあ、エメ」と笑って許してしまえますね、個人的には。だってエメ、バカルソンだもん。(浦和に損害かけてないし)
それにしても、「エメもやっぱり大人の顔になってきたね~」なんて去年母と話していたのはなんだろう? まあ、実際のエメの年よりもまた年上の山田さんの顔も、つい最近まで子ども顔だったから、人それぞれなんでしょう。それに、エメの年齢詐称なんて、なかば公然の秘密だったんでしょ、ブラジルでは。このタイミングは、オイルマネーで保釈金を、と読みましたよ。いずれにしても、これでつぶれたりはしないでね、エメ。

田畑引退、レッズフロントへ。
田畑引退か。。。去年は池田ロボが引退したし、寂しくなります。といっても、個々の選手の名前を覚えるようになったのは、ネットにつなぐようになってからで、彼らの名前は『赤菱のイレブン』で覚えました。思いっきり邪道です。山中伊知郎さんが、永井より可能性がある、と感じた選手だったのに。親友伸二とまた一緒のチームになりましたね。いずれにしても戻ってきてくれてうれしいです。

トゥットはブラジルのチームへ。
行くところが決まってよかった。彼もレッズを愛し、Jリーグを愛してくれた選手ですよね。ふるさとでもうひと花もふた花も咲かせてください。(彼こそ年齢が怪しい気がするが)

今日与野フードに行ったら、「浦和の涙3つ星」が売ってました。ものすごくほしくなったんだけど、まだ発売直後に買った2つ星がほとんど残ってるんですよね。家では全くと言っていいほど飲まないので。でも3つ星ほしいなあ。

バイエルンとの提携。
先日BSで、ワールドカップに関連してドイツサッカー紀行をやってました。その時に見たバイエルンがすごかった。ユースの選手たちの寮は、各部屋に台所までついていて、個人的に勉強も見てもらえると言う。社長が「吾亦紅寮」をユース専用に、というのはこういうことなんだと思いました。わくわくするなあ。

それから、明日フジテレビで

90年前、瀬戸内海に浮かぶ小島に、小さなドイツがあった。 知られざる日本とドイツの歴史を発掘するドキュメンタリー。 日本とドイツの絆をひも解くため、 ドイツを旅した俳優・勝村政信が思いを語った。 『歴史発掘スペシャル ドイツからの贈りもの         ~国境を越えた奇跡の物語~』 <2006年1月22日(日)16時05分~17時20分放送>

という番組があります。ブッフバルト監督ともちょっと関係があります。微妙な時間で見るのを忘れそうなので、すでに予約しました。楽しみです。

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だんだんうれしくなってきた。

伸二復帰について複雑な気持ちがあったのですが、「ポンテがいて、伸二がいて……」と考えはじめたらだんだん楽しくなってきました。
(罰ゲームとしてではなく)真剣にACLを獲りに行くなら、来年も伸二にいてほしいですが、長谷部、赤星、啓太たちに伝えることは伝えて、あとは遠い空から見守っている、というのもいいかなあ、と鬼も大爆笑の妄想が始まりました。
もちろん、選手がそろえば勝てるというわけではないのがスポーツですが、なんにしたって弱いよりは強い方が楽しいですよね。

父が図書館で山中伊知郎さんの『浦和レッズ至上主義!』を借りてきたので、私も読んでみました。立ち読みをしたことはあるんだけど、ちゃんと読むのは初めて。
リアルタイムの記録で読むJ初年度の弱さはまた格別です。。。
しかし、そのほかにも、ヴェルディの圧倒的な強さ、華やかさ、Jリーグブームのにぎやかさなど、今読むとちょっと切なくなるところもあります。「大宮か川越あたりにもう1チーム」という山中さん、すばらしい慧眼の持ち主だ!
香車にたとえられる岡野のプレースタイルも、未だ進化しつつ健在。
新人ながら、すでに貫禄十分の小野君は、ふたたび浦和に戻ってきました。
永井より田畑に可能性を感じているのは、その後のことを考えると、なにが悪かった(足りなかった)のか。本人か、チームの育成化? 田畑の行き先はまだ決まってないんだよね?
しかし、この記録は98年で終わっているので、レッズの歴史上の(第1回)メインイベントとも言うべき「J2降格」はまだこれからなんですよね。
こういう回顧もおもしろかったので、今、大住さんの『浦和レッズの幸福』を図書館にリクエスト中です。

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伸二

伸二来ましたね。
正直ちょっと複雑。いっそう堀之内のレギュラー争いがきつくなるのかしら? ポジションはだぶってないけどねえ。ともちゃんはもろに影響を受けそうだなあ。
でも、伸二がチームに伝えられることはいっぱいあると思う。浦和で心身共に充実して、ワールドカップへ、そして来年のACLに臨んでほしい。
そして、その成果をひっさげて、再び欧州へ。
ああ、だけどホリもがんばれ。トモちゃんもがんばれ。千島も、啓太も、長谷部も、赤星細貝もみんながんばれ。
山田さんももちろん。それから内舘も。

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誰が内閣を支持してるんだろう?

昨日だかNHKの世論調査結果が発表された。前回よりも下がっているようだけれど、相変わらず内閣支持率は高い。
だけど、誰が支持してるんだろう?
少なくとも私の周りには、今の政府の政策を支持している人は一人もいないんだけれど。
しかも、その人たちは(私をのぞき)みんな金持ちだ。もちろん私の知り合いだから、大金持ちはいないけれど、庶民レベルでは立派な金持ちばかり。『ゴーマニズム宣言』が好きな人などもいて、思想的には決して左側ではない。
それでもみんな、今の日本にはうんざりだと言っている。
子ども二人私立に入れて、別荘も持っていて、休みには海外でダイビング、というある人は、「いつでも日本を脱出できるように、英語だけはしっかりやっておけ、と子どもに言ってるのよ」という。
あんまり簡単にものを買ったり捨てたりするので時々えーっと思わせられるある人(両開きのがほしくなったから冷蔵庫を買い換えてしまった、と言う人)も「年金で暮らしていけない国はおかしい」と言う。
青山で会社を経営しているある人、在日韓国人は不満があるなら韓国に帰ればいいのに、と言ったこともあるある人も「小泉首相の靖国神社参拝はよろしくない。初詣に乃木神社に行って、今年初めて日の丸がずらりと掲げてあって、あんまり右傾化してきているから怖くなった」と言っている。

イメージからすれば、「勝ち組万歳」の現内閣支持でも良さそうな人たちなのに。もちろん、小泉政権の「勝ち組」はこのレベルですらないのかもしれないけれど。

高齢化社会だし、医療費が上がるのも仕方がないわよね。。。
  現在でもGDPにしめる医療費水準では先進7カ国中最下位です。平均で11,5%のところ、わずか7,9%
福祉にはお金がいるから増税だってしなければ。。。。
  法人税と累進課税の最高税率は下がりっぱなしで、税収はいっこうに増えてません。いつの間にか累進課税の最高税率もりっぱに低い国になりました。

確か、クリーンな政治を、ということでもう献金はもらいません、といって始まったはずの政党助成金はもらいっぱなしで、いつのまにか献金も派閥も復活。新聞に堂々と、「選挙が終わってパーティラッシュ」とまで書かれるようになりました。っていうか、新聞もちゃんと指摘・批判しなよ。

景気が回復してきてるから減税やめます、って、だったら回復してるところ(金持ち・企業)からまず取りなさいって。
少子化対策なんて、まずやることは見えてるでしょ。パートタイムの労働者にもちゃんと社会保障を付けること。半分は本人、半分は企業だから国の負担はなし。正社員の労働時間だって人間的な範囲に収まるようになれば、結婚する人だって子供を持つ人だって増えるでしょう。
第一、「働く」って、夜10時11時まで働くことではないでしょう。ニートor過労死寸前なんて究極の選択を迫られているのが現状でしょ。

悲憤慷慨、っていうのはどうも高みから見下しているようでいやだったんですが、こんなパラサイト女に言われたくはないでしょうが、それにしたって今の日本、いつのまにこんなに希望がもてない国になったんでしょう。

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補強ネタとかサカダイとか

ご無沙汰してます。
今更ですが、今年のレッズはがんばって補強していますね。アンチ巨人のわたしとしては、以前の都築、アレックス、エジ×××などを獲得したときにはちょっと複雑な気持ちになったのですが、今回は素直にうれしいです。
選手層の厚さが、最後の最後に武器になるのだということ。今年はワールドカップイヤーで、アレ、坪井、それにもしかしたら長谷部が結構抜けそうなこと。
呪い、とまでいわれている天皇杯優勝チームの例年の不調は、やはり短いオフにあるのだと思えるから、フレッシュな元気なメンバーが増えてくれるのはうれしい。
それに、アジアに出るのは来年とはいえ、やはり今年から十分準備してチームを熟成させておくことが必要なのは明らかでしょう。
だから、マリッチより強力なフォワードを、ということで来るワシントンはもちろん、レギュラー争いから始めることになるであろう相馬、黒部にも大いに期待しています。それに、J2降格チームから、レンタル先のチームから戦力外、という微妙な立場からの移籍なので、「なんだよ。呼んでおいてサブかよ」というようなことにもなりにくいのではないかと、いろんな意味でいい補強だと思います。
でも、これで堀之内がサブに戻ってしまうことになったら悲しいな~ ホリは絶対レギュラーでいるだけの実力があるのに。大丈夫だよね。。。

さて、月曜の成人の日には浦和で勤め先の行事がありました。夜からなのですこし早めに行って、伊勢丹のショーケースに入っている天皇杯他を見る。天皇杯とドイツからのカップは知ってたけど、後はNHKのとJOCのだったんだね。テレビで見ていると天皇杯はものすごく小さく見えたけれど、もちろん他のカップよりはずっと小さいけれど、思ったよりも大きかった。やっぱりスポーツ選手は大柄だからなんでしょうね。
警備員さんもいて、多くの人が足を止めてのぞき込んだり、写真を撮ったりしていました。
その後はレッドボルテージへ。何でこんなに込んでるんだろう。ホリのストラップは売り切れだったので何も買わず。すっかり人気選手ですね。ちょっと時間つぶしに、天皇杯のビデオ、ちょうど優勝の瞬間からホリのインタビューまでを見る。私は埼京線エリアなので浦和は近い割りにほとんど行かないのだけれど、やっぱりレッズの町ですね。普通の日でいいから力で飲んでみたいな。

今日は、出勤前にコンビニに行くが、職住接近でスタートが遅いために、すでにサカマガもサカダイも売り切れ。仕事が終わってから、レンタルビデオの店をのぞくとサカマガだけあった。その後、思いついて、いつも何故かサカダイだけ置いてあるコンビニに行ったら、ありましたサカダイ。土曜に東京に行くまで無理かと思ったけれど、無事今日中に入手できて満足です。
サカマガの方のポンテの全開の笑顔はほほえましかったし、サカダイのサポーターと抱き合っているマリッチの顔は、神々しくさえ見えた。マガのポスターの後ろにちょこっと見えてる南の顔がつぼにはまる。
だけど、何よりよかったのはサカダイ後ろの方の、島崎さんのコラム。ホリについて。ひょうひょうとしているように見えても、やはりいつまで経っても試合に出られないのは苦しかったんですね。一時は「やはり地元枠はだめだ」と言う人もいたくらいだものね。
もちろん三上や西村のように外に出て活躍するのも一つの道だと思う。だけど、ホリにはいつまでもレッズにいて、レッズの柱になってほしいと思います。

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春から縁起がいい!

攻めの浦和、守りの清水、という予想だったのですが、とちゅうから攻められっぱなしだったのはレッズでした。
でも清水はシュートの精度がいまいちで、こういう攻めても攻めても入らない、という状況はレッズとしてはおなじみ。だけど立場は逆でしたね。
そして、堀之内の値千金のゴール。
そしてマリッチのゴール。
この天皇杯はマリッチのための試合だった。そして、実は堀之内のためでも、かなりあった気がする。
赤星のプレーにはびっくりした。新人離れしたボールキープに、どんどんチャレンジする姿勢。さすがポンテに「浦和のロナウジーニョ」といわれるだけのことはある。
萌ちゃん(どうしても「もえ」と言っちゃいますよね)もどんどんよくなって、頼もしいったらありゃしない。
つくづくサッカー、とくに1年通したリーグ戦、そしてその後、使い切った力をまた振り絞って戦う天皇杯は、チームとしての戦いだと思いました。ベストと言われるメンバーたちだけではなく、その後ろにどれだけ頼もしい人たちが控えているか、彼らを支えるスタッフフロントがどれだけどっしりとしているか、その戦いだと思います。
天皇杯はこのところずっとベスト4,その前は、3回戦敗退が続いてましたが、ちゃんとステップを踏んで強くなってきています。
これで毎年何らかのタイトルは手にしている訳です。
残るは一つ、リーグタイトル、年間王者。
そして
GO TO ASIA !


(それから、母校國學院大學も箱根駅伝で健闘中。なんとかシード権獲得を!)

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