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June 2004

あれこれ

1) 今家族が旅行中で、しかも、学期末で仕事も休み。
 そこで、たまったビデオをせっせと消化しています。うちは共有スペースにしかテレビがないから、自分だけの趣味のものって見られないんですよね。まあ、別に見てもいいんだけど、あまり退屈そうにされても居心地が悪いので。
 そんなわけで、本館にビデオの感想等、すこしアップしました。まだ増える予定。
 オリンピックに備えてハードディスク開けとかなきゃならないしね。

2) ブログペットというのをあちこちで見かけるようになって、いいな~と思い。昨日、うさぎの「ウサコ」ちゃんを登録しました。小学生時代の「ピーコ」以来のペットだあ!と喜んだのもつかの間。ココログはプロ版じゃないとダメなんですね。かなしい(;_;) でも、そのためだけに、月千円は出せない。それほどのサイトじゃないし。
 ウサコちゃんごめんね。

3) 永井、自分も無事、他人にけがもさせなかった。車が大破という事故の規模を考えると奇跡に近いのかもしれない。彼は繊細みたいだから、後を引かないといいんだけど。
 代表辞退はないようだけど、「べつに辞退してもいいんじゃない」「むしろしてほしい」と思ってるレッズサポは多いはず。

4) レッズつながりで福永泰。サカダイで結構ながいページが割いてありましたね。それだけ、ヤスについてはいろいろな人が愛し、かつ心を痛めたのだと思います。

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レッズ対FC東京

 対FC東京、リーグ戦で初勝利ですか? レッズほど、ジンクスに弱いチームはないんじゃないかってくらい、「~には/では勝ってない」っていうのにはまりますよね。日本平とか、東海アウェーとか。連敗ストッパーって言うのもそうだし。(伝説の「負けないよ」っていうのもその中の一つ)とりあえず、一つはこれで抜け出たわけで、良かったです。
 前に書いた、新人監督ギドに対する不安、戦術的な面でも、選手の精神面に対するケアでも、は、けっしてなくなった訳じゃないですが、敗戦で悪くなった雰囲気に対するなによりの薬は勝利なわけで、同じようにいろいろ言われてるアレックスが点をとったのも良かったと思う。最初のシュートチャンスでパスなんかするな、とは言いたいけど、やっぱり得点が一番の薬だから。

 印象に残ったのはまず長谷部。すごいなーあれでまだ二十歳だものね。代表に選ばれないのが本当に不思議だけど、彼の場合、その悔しさをバネにしてきた面もあるだろうし、最終的にワールドカップに出ればいいのさ!
 
 それから、FC東京の方で今野。くやしいけどうまい。セットプレーのヘディングはほとんど彼がやっていたんじゃないかと思う。攻撃も守備もいいし、冷静なところもいい。あの素朴な顔も好きだな。
 
 わたしらから見てMVPは茂庭ですね、やっぱり。実は録画で見たので、最初から茂庭に注目でした。かっとくるタイプには見えなかったけどなあ。まあ、あの熱さをオリンピックではいい方で生かして欲しいです。永井を挑発して股抜きされた、っていうシーンはいつなんだろう?まだビデオ取ってあるから見たい。

 終わってみれば3位というベスト記録とタイですね。リーグ戦はひとまず終わってもまだナビスコがあるし、なんといってもディフェンディングチャンピオンなんだから、がんばって欲しいです。

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おれおれ詐欺

 今日は仕事は休み。午前中、だらだらして掃除を始めたところに電話がかかってくる。
「もしもし、××さん(私自身の名)のお宅ですか」ぼそぼそとはっきりしない話し方なので、一瞬学生(留学生)かなと思う。
「はい、そうですが」
「埼玉県警のものですが」あいかわらずぼそぼそ話す。すぐに、「これはもしや噂の……」と思う。
「××さんが事故を起こして、いま事情聴取をしているところなんですが」
 あまりに思った通りなので、「ふっ」と軽く吹き出す。
 かねてからもしもこんな電話がかかってきたら、絶対口座番号を聞き出して警察に言ってやる!と思っていたのですが、相手のあまりの要領の悪さ(口べた)と、暑さと、掃除しなきゃという思いで、すぐに「わたしが××ですが」と言ってしまいました。
 電話は即座に切れました。
 もったいないことしたなと思う。市民の義務として(?)ちゃんとしっぽをつかむところまで行くべきだったかとも思う。でも、もっと迫真の演技をしてくれなきゃ。あんまりぼそぼそ話すから、これで口座番号にまで行き着くには「ええっ」とか「ああそんな」とか「それで娘(?)は無事なんですか!」とか、こちらに演技力が必要だろうと思うと、すぐに面倒くさくなってしまいました。
 それにしても、フルネームと電話番号が漏れているって言うのは気持ちが悪い。YAHOO BBなんだけど、それかしら?
 
 知人のところには、「期日までに金を払え」という手紙が来たというし、模倣犯、便乗犯、など自分もやりたくなっちゃう人が多いんだろうか?

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「ぼくのキャノン』

 池上永一『ぼくのキャノン』読了。ちょっとネタバレ。

 おもしろかった。巻頭の人物紹介を読むだけで、わくわくにやにやしてしまう。
 「実質的に村を支配するオバァ」「盗品を売って村の維持費に当てる天才的な泥棒(これもオバァ)」「愛と美で村を彩る秘密結社『寿隊』」……
 第二次世界大戦の遺物キャノン砲をまつる信仰により、結束力を高め繁栄している(最新型のヘリに、オーシャンビューの給食センター)沖縄のある村。そこを支配している巫女(ノロ)と、泥棒の天才、海人(ウミンチュ)の3人の老人、そしてその3人の孫たち。
 また、敵役としては村の財宝(?)をねらうアメリカ人、バブル時代に父が撃退されたことを恨み、復讐として再び村の開発をもくろむ女CEO。
 細かい遊びも効いていて、げらげら笑っているうちに、やがて物語は沖縄の悲劇に踏み込んでいく……

 正直言って最後は書き急いだかな、という感じで、このくらいのペースなら最後までおちゃらけていて良かった気もするし、この悲劇こそがテーマなら(実際そうらしいが)もっとじっくり書いて欲しかった。
 デイゴの並木のイメージは美しいし、廃墟に立つ子供たちの姿もまた壮絶だ。(その後、何十年の歩みを知ればよけいに)だからこそ、最後の急ぎ方が物足りない。
 一番好きな人物は、敵役、紫織。彼女のエネルギーと、不屈の闘志はすばらしい。

 ただ、ほぼ無条件で村を守るための殺人が肯定されているのは、どうなんだろうと思う。テーマが戦争の悲惨さであろうだけに、ちょっと違和感を覚えた。
 
 それから、これはある種のパターンの小説、つまり、「主人公がある閉鎖的な村に行く話」の逆バージョンでもある気がする。村には秘密があるようで、主人公はそれを探りたいんだけど、身の危険も迫ってきて……ってヤツ。
 そのパターンで行くと、この村は相当怖いぞ~
 

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眠れない

 土・日はなんか知らないけど全然眠れなかった。日曜はお得意の昼寝も不発で、今日は学生に試験をやらせながら寝るかと思った。
 ゆうべは頭の中を「ギドが……」「ヤマが……」なんていう言葉が明け方までまわっていた。別にレッズがふがいないから眠れなかった訳ではなくて、眠れない時ってとくに深い意味もなく一つのことや言葉が頭の中をぐるぐる回ったりするでしょ、そんな感じ。

 カップウイナーとして終えた次のシーズン、「もっと上を目指す」といって新人監督を連れてくるってのは、やっぱり相当変だと思う。大ばくち。だけど、ギド・ブッフバルト監督に限って言えば、(ゲルト・エンゲルスコーチの支えもあって)結果オーライかなと思っている。今のところ、2年目オフトより好成績なんだから。
 そして、その新人監督がギドだっていうのは、やっぱり大きな意味があると思う。OBやら身内やらを大切にしすぎると、我らがオーナーさまと同じ道を歩んでしまうことになるだろうけど、でも、「いつかこのチームに監督として戻ってくる」という目標や希望を抱けるチームはすてきだと思う。
 だから、ギドには絶対失敗して欲しくないのだ。結果的に優勝できないなんて言うのは、レッズ12年の歴史からしても全然不思議じゃないけど、チームが崩れてしまうのだけは絶対いやだ。
 
 何の話かっていうと、日曜の敗因をギドが何人かの選手の精神的な問題にしたってことね。これまでを見ても、ギドは期待をかけている選手により厳しいようだから、言われた選手もそう受け取ってくれればいいんだけど。
 その辺、ゲルト・エンゲルスコーチや岡野がちゃんとフォローしてくれるといいな。特にヤマ、ふてないでね。昨夜、頭をまわってたのは、それなんだから。

 「ギド、もうすこし言い方考えてよ」「ゲルト、ちゃんとフォローしてね。「ヤマ、ギドはヤマに期待してるんだよ」《繰り返し∞》

 まあ、レッズは「行ける!」と思った後で失速して、「もうだめだ~」と思ったあとで持ち直したりするから、ポジティブに考えますが。

 Vodafone Cup 見に行くからね。6番Tシャツ買おうと思ってるんだからね。(マンUのサイトでチケット申し込んだんだけど「とれなかった場合、別メールが来ます」というメールが来てから音沙汰なし、とれたってことよね?)
 それから、都築と永井はちゃんとアジアカップ最終メンバーからはずれること、特に永井。玉田も久保もけがするなよ~

 

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本館新装開店

 本館新装開店!したはずです。
 一応自分では見られるんですが、いかがでしょうか?
 ちょっと無精して、別IDを取って旧ページとリンクする形にしました。扉だけ旧アドレスです。(urouro611がurouro622になった)
 旅行記は作り直すのがめんどくさかったので、当分旧ページにリンクする形にしてあります。下の方にはまだ旧ページへのリンクが残っているという…… なんか地方の温泉旅館が増築に増築を重ねてわけわからない形になっているような具合です。消防法違反というか何というか。
 一応、旅行記に「グリーンノウ探訪」が増えました。ルーシー・M・ボストン夫人が住んでいて、林望さんも下宿していたマナーハウス(領主館)です。

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『ニューオーリンズの葬送』

 ジュリー・スミス『ニューオーリンズの葬送』読了。この人の作は初めて読んだけど、とてもおもしろかった。これから追いかけてみようと思う。
 それにしても、辛い話。主人公で探偵役、警察官のスキッピーの他に、何人かの視点で描かれているのだけれど、みんな心に傷を持っている、それも家族がらみの。なんか読んでいて、自分の辛かったこととかいろいろ思い出しちゃってちょっと落ち込みました。
 一時期やけに「幼少期のトラウマ」ものがはやって(『永遠の仔』とか)食傷気味でした。これもはっきり言ってそう言う面もあるんだけど、なぜかそれほど臭みは感じなかった。
 それよりもアメリカ南部独特の、階級意識や差別意識、血の混じり合いなど、興味深かったです。
 今日は簡単にこの辺で。

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『江戸の恋』&国を愛する

 田中優子『江戸の恋』。この人の本は(古本屋で)見つけると、新書・文庫なら必ず買うようにしています。(みみっちい話ですみません)
 やっぱりおもしろかった。江戸時代の恋にまつわるあれこれを、自分の体験を絡めて書いている。まあ、正直言ってご本人の体験はいらなかったかなと思う。「そんなこと書かれても困るし」っていうのもあったから。どうも編集サイドの要望のようですが。
 「恋の手本」「初恋」「恋文」……「心中」「男色」などといった項目が取り上げられています。結構、あぶない挿絵があったりして、電車の中で読んでいて挙動不審になってしまいました。
 山東京伝の黄表紙の紹介がおもしろかった。物語の恋にあこがれた艶二郎が、いろいろ金やらコネやらを使って、芸者に家に乗り込ませたり、それに焼き餅やく女を登場させたり、それをマスコミ(瓦版)に売ったり。ついには、心中の道行きをやってみるのだが…… 挿絵の艶二郎が、団子っ鼻のおもしろい顔をした男なのがまたいい。
 それから、「お歯黒付けてる最中の女の口元と、ひげを抜いている若衆の手つき」なんていう、すべて「男の方がいい」という結論を引き出すための「男色大鑑」なんていうのもあったらしい。(ここには書けないような比較もある)
 それから、生活のための結婚(有り体に言えば双方金のため)の方がいいとされて、恋愛結婚は「浮気な結婚」で、あまり尊敬されなかった。とか、
 江戸時代の春本や枕絵は、男女ともに必ず描かれ、片方だけの場合は男だった。つまり、今の女の裸ばかりというのは不健全。なんて言うように、性についてもっと肯定的にとらえようとするのも新鮮だった。
 

 さて、この本を読んでもう一つ思ったのが、「わたしはやっぱり愛国者だ」と言うこと。
 この本の序章に(著者の以前の作の引用として)

ナショナリストは日本が好きなはずなのに、絶対に着流しの着物に三味線をもって小唄なんか歌わない。ナショナリストが好きなのは、どういうわけか、着物ではなく軍服と日の丸で、三味線と唄ではなくて軍歌と君が代なのだ。軍服で死んだ三島由紀夫も、ギリシャ文化が好きで江戸文化はきらいだった

 とあった。著者の言わんとするところはずれるだろうが、ナショナリズム(国粋)は良くないにせよ、逆に言えば「わたしは着流しと小唄が好きだから、日本も好き、つまり愛国者だ」という流れもありではないかと。
 なにも「愛国」を軍服好きの人間の専売特許にする必要はないだろう。
 わたしは、「日本の文化も歴史も、文学も好きで、今現在、それでも日本は安全で暮らしやすい国だから、日本人として日本が一番好きだ」という愛国者です。
 たとえば、イラクで人質になった方々、あの人たちを救うために自衛隊撤退を訴えた人たちは(一応わたしも)「憲法九条を持つ日本が好きで、これからも平和憲法を守り続ける(であろう)日本」が好きな愛国者。なんの問題もありません。

 「愛国」が好きな人も嫌いな人も、イメージは軍服のようですが、「愛国なんかけしからん」というよりも、それぞれが「自分の愛国」を軍服好きに負けないように、先に言挙げしてしまったらどうでしょうか。

 ただ、それはあくまで、それぞれがそれぞれの形の愛国、と言うことで、強制する必要は全くない、どころか、逆効果でしょう。罰則を伴った強制なんて、「軍服愛国」の方々のためにも絶対なりませんよ。強制したい人たちは、「確かにやりたいと思っていた(はずの)宿題なのに、お母さんにやれと言われたとたんにやりたくなくなった」なんていう経験はないんでしょうかね。

 それから、前々から書きたかったんですが、パウエル国務長官、ケリー大統領候補、日本の野中氏、戦争経験、戦闘経験がある人の方が、イラク戦争に懐疑的、消極的だった。その事実自体が、すでに何事かを語ってはいまいか。果たして「平和ぼけ」しているのはどう言った人たちなのか、よく考えて見た方がいい。

 そう、わたしは左側な愛国者です。

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中学時代

 名古屋グランパス若き守護神川島永嗣が、浦和レッズを優勝戦線から離脱させ、見事無失点でリーグ戦出場を飾りました。おめでとうございます(泣笑)
 と、言うことで、中学校の後輩川島君に敬意を表して、中学校時代のことなんかを書いてみます。
 以前、タグチ先輩へのコメントに「高校よりも中学の方が個性的だった」と書いた時から、いつかは書こうと思っていたテーマです。

 我が中学は当時名だたる不良校で、中学入学を目前にした小六の時に「××中学の生徒はみんな不良らしい」という噂が流れました。それを真に受けた(?)同じ学区の従兄弟は二人とも私立中学に行きました。
 私たちが今度は高校受験する時にも、ある高校の試験会場で「××中学の生徒なんかうちの高校には入れない」と、高校教師に面と向かって言われた子がいたくらいです。(その高校から正式に謝罪が来た)
 確かに、不良校でした。
 1年生からそり込み入りのリーゼントや、ロングスカートのスケバンスタイル、裏に刺繍の入ったえりの高い学ラン、太いズボン。今や懐かしい不良ファッションが見られました。(でも、やっぱり各学年5,6人だったと思うけど。男女併せて)
 校舎の外では連日かんしゃく玉が破裂し、校舎の中では一日に一度は非常ベルが鳴り響いた。(だれも避難も騒ぎもしない。日常の音になってしまっていた)トイレットペーパーをトイレに入れると、すぐ床にばらまかれてしまうため、トイレに紙はなかった。
 そして、週一回の全校集会で必ず報告されるのが、「今週学校内で見つかったたばこの吸い殻」。それも百本単位でした。各クラスには「バイバイスモーキング」という禁煙教育の本が、学級文庫として備えられていました。

 ただ、当時は、先生方の努力で、一番ひどい状態を脱しようとしていた上り坂の時期で、だから、独特の活気にあふれていました。
 その先生方の教育もまた独特で、今から考えれば日教組が強かったのでしょうが、学生運動の手法が取り入れられていたような気がします。
 学年集会、全校集会が頻繁に開かれ、毎回ではないのですが、各クラスで「スローガン」を作り、「シュプレヒコール」をするのです。(「シュプレヒコール」なんていう言葉が、日常語にある中学生なんて、他のどこにいただろう?)
 また、「×中アピール」を決めることが、毎回、生徒会役員立候補者の「公約」の一つでした。(ついに私の在校中には決まらなかった)
 生徒会選挙も、ちゃんと定員以上に立候補者がいて、「選挙演説」と「応援演説」のある本格的なもの。
 そんな流れで考えると、各クラスで作っていた「壁新聞」なんていうのにも別にニュアンスが感じられる。まあ、これは普通の学校でも作るのでしょうが。
 生徒集会もちゃんと生徒同士の意見の交換がある本格的なもので、一度、ものすごい嵐の中で行われた「嵐の全校集会」の盛り上がりと雰囲気は強く印象に残っています。

 そう言えば、集会や卒業式はすべて体育館を横に使って行われました。つまり舞台を使用せず、教師も生徒も同じ高さの床にいる形式でした。当然、日の丸も君が代も、それどころか「蛍の光」も「仰げば尊し」もありません。
 でも、合唱に力を入れている学校で、「ハレルヤコーラス」や「モルダウ」「アムール川」などが定番でしたが、もう一つ定番のジャンルが。
 それは戦争や平和に関わる歌。「NO MORE NO MORE HIROSHIMA」だの「ああ許すまじ原爆を」だの「私たちの大切な桑畑は米軍基地になってしまった」というような歌が、各集会ではもちろん、卒業式でも歌われました。
 峠三吉の「にんげんをかえせ」は半分以上の生徒が暗唱できたのではないでしょうか。
 林間学校は野麦峠、修学旅行は広島。
 修学旅行の前には念入りな平和教育が行われ、とくに熱心だったうちのクラスは、東松山の丸木位理美術館に行って丸木夫妻からお話をうかがったり、文化祭では戦争の悲惨さを絵にして張り出したりしました。
 (おびただしい死体を処理する光景の絵(元は写真)のタイトルが「消化作業」とあったのを「消火ではないんですか?」と先生に聞いたら「消化」で正しいと言われました。どんな絵かご想像ください)
 そう言えば、美術の時間にピカソの「ゲルニカ」を模造紙にみんなで模写して、体育館の後ろの飾ったりもした。
 修学旅行前には、家族から戦争体験を聞いてくる宿題が出され、文集にまとめられました。 
 もちろん本番の修学旅行では、広島平和公園で、被爆者の方々に体験をうかがうのです。
 原爆映画も何本も見たなあ。みんな「広島が8:15,長崎が11:02」と原爆投下時間を知っているから、画面に時計が映し出され、時間が進んでいくたびに、体育館に息をのむ音が広がる。
 
 当時から「行き過ぎた平和教育」だの言われてましたが、うちの両親は右か左かと言われたら明らかに左だったから、良かったですが、親御さんの中には右な方もいらしたと思うんですが、その辺問題はなかったんでしょうかね?

 まあ、こんなエネルギッシュな学校、先生方でしたから、校内にもなんか上昇機運のようなものがみなぎっていて、充実していましたね。
 先生といわゆる「ツッパリ」の生徒との関係も、かえって一般生徒との間より緊密だったくらいで。1学年上のあるクラスの文化祭の出し物は、金八先生もどきの学園ドラマで、主演は当時番長と言われていた男子でした。いろいろくさい展開があった後、最後は当然、クラスのみんな、先生とともに「夕日に向かって走るんだ!」
 まあ、埼玉のこととて、海辺ではなかったんですが。みんな大受けでした。

 友人とも、「あの中学で良かったね」という意見で一致しています。

 ただ、話のマクラが川島君だったんですが、×中はその後、先生方の尽力の結果でしょう、10年ほど前には「市内で一番優秀な学校」との評判を聞くようになりました。また、あの雰囲気を牽引した多くの先生方が、私たちの卒業後間もなく転任されたので、川島君が通ったのはもっと普通の「いい中学」だったと思います。
 
 それから、「お前は学校が嫌いだったんだろう!」とつっこまれそうですが、確かに、中学時代も苦しいことが多かったです。特にクラス内の関係では。でも、全校規模の取り組みが多かったため、そう言った活動に関しては、それほど、束縛感や閉塞感がなかったことと、とにかくエネルギッシュだったため、ちょっと離れたところにいても、その充実感や参加感が味わえ、結果的には「充実した学校生活」に一番近いものが残りました。
 まあ、閉塞感も充実感も最大だった中学生活でしたね。

 *****

 最後に、福永泰選手引退。涙が出ました。まずはしっかり体を治して、ハートフルサッカー(レッズの普及部隊)とか、なにかの形で浦和に戻ってきて欲しいです。

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タグ打ち

 ほったらかしの本館ですが、実は今、タグ打ちで改装中です。ホームページミックスミックスの不具合の多さと、あまりの使えなさにキーッとなってしまいました。既にあるページに足す分には大丈夫なんだけど、ページを増やそうとすると、「××××このへんが間違っています」とでる。このへん、ってなによ!妙にむかつく言葉遣いだわ。
 それで、ホームページビルダー買おうかなとも思ったのですが、緊縮財政だし、職場のホームページビルダーを借りてこようかとも思ったけど、まあ違法コピーだし、ってわけで、基本に戻ってタグ打ちしてみることにしました。

 いやあ、おもしろい。まだ、PC上で作ってるだけだからちゃんとアップロードできるかも分からないんだけど、タグを打ち込むと確実にページに反映されるのがおもしろくて、はまりまくってます。ちゃんと階層も作れるし。
 テスト作ったり仕事して、いつも覗いているページをチェックして、それから始めるので睡眠時間が削られてしまう。私は何が何でも睡眠時間だけは確保する方なので、いつもと比べたらせいぜい30分マイナスくらいなんだけど、連日のせいかこのところ体調不良。昨日なんか、ここ数年にないくらいひどい低血糖発作が起きたし。入浴中だったので、お風呂から出て甘いものを口にしたけど、ちょっと遅かったせいか、なかなか良くならないで汗がしたたり落ちた。もう、あほじゃないかと……
 と、言うわけで、いまちょっとした空き時間にこれをかいた後、夜はネット禁止の予定。
 本館リニューアルオープン(?)いつになるか分かりませんが、それまで、本館放置で申し訳ありませんm(_ _)m

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「栄光のオランダ・フランドル絵画展」

 都美術館に「栄光のオランダ・フランドル絵画展」を見に行く。中でやったアンケートで「フェルメールが好きだから」と来場理由を選んだのですが、正確には「フェルメールを見てみたかったから」というミーハーな理由です。
 思ったよりもすいていて、荷物をロッカーに預けてしまったので、楽に見られました。

 フェルメールだけではなく、ルーベンスやレンブラント、ファン・ダイクの絵なんかもありました。
 日本人にとって、ルーベンスといえば「パトラッシュ、僕は見たんだ、あのルーベンスの絵を」というネロあこがれの画家ですが、初めてルーベンスの絵を見た時には驚きました。ネロのはかなさのかけらもない肉感的な絵。「肉食人種を肉食人種が書いた絵」という感じ。アニメ「フランダースの犬」のラストシーンのイメージと一緒になって、なんとなく清らかに美しく、はかなげな線の細い絵を想像していたんです。ルノアールとか、ラファエロとか(素人の知識なんてこんなもの)
 私は、ルーベンスの絵を前にするといつも「肉食ってんな~」と思います。今回の絵もそうでした。
 それから、ルーベンスに限らないんですが、同時代の画家が描く人物は、みんな共通の顔立ちというか表情をしている。あれは何なんだろう? 人種的なものなのか?

 それから、みんな神話や文学からのモチーフを描いたものか、あるいは普通の静物画、人物画でも寓意を表すものが多い。おばあさんが植物に水をやっているのは、「水のやりすぎは花を枯らす。過剰を戒めたもの(正確には忘れた)」とか。リンゴを向いている女性と娘の絵だって「リンゴの皮むきは女性の美徳、花は虚栄を戒め、消えたろうそくは……」って感じ。
 もう10年以上前に、オランダの静物画ばかりをあつめた展覧会を見たことがありますが、テーブルの上に盛ってある果物やら花やら、雑貨やらがみんな象徴的な意味を持っている。そしてものすごく細密に描かれている。でも、それだけ。驚異的に退屈な展覧会でした。

 すると、フェルメールの有名な「ミルクをつぐ女」なんていうのも何か意味があるんでしょうかね?この流れで行くとない方が不思議な気がします。

 さて、フェルメールの「画家のアトリエ」ですが、テレビ「日曜美術館」で、そのアトリエの様子を再現していました。画家とモデルの衣装も。それから、美術館の入り口ではフェルメールの遠近法の秘密についてもビデオをやっていて、予習はばっちり。
 技術的なことは分からないので、この衣装はやっぱり変だよな、とか、この机は画家より後ろにあるんだよね、などと事実の確認に走る。
 落ち着いた画面に柔らかな光が差している、この感じがいいのかな。心が静かになると言うか。部屋の空気の温度(高くなく低くなく)や湿度(乾いているのだけれど、体に優しい程度の湿気はある)などが感じ取れる。
 でも、これはみんな「これがあのフェルメールの絵だ!」という前提でじっくり見ているからであって、ずらーっと並んでいるたくさんの絵の中で、「これは!」と自分の目で発見できるかは分からない。もちろん「あ、この絵いいな」とは思うと思うけど。

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おかえり

 とりあえず、「おかえり~ 岡野!」
 岡野がゴールした時にも、「ただいま」を聞いた時にも、涙がちょと出た。
 岡野の魅力って何なんだろう? はっきり言って、今、「レッズ選手人気投票」というのをしたら、たぶんベスト5には入らないんじゃないか。エメ、U23の4人、A代表メンバー、永井、山田etcの方が人気としてはあると思う。
 だけど、岡野がドリブルした時のスタジアムの興奮は、エメでも、達也でもかなわない。
 ミスターレッズは福田だったけど、岡野はある意味レッズを象徴する選手だからかな。
 「今年は違うぞ!」と思わせて「あ~あ」となるところとか……
 だけど、神戸として対戦した時は本当に怖かったし、まだまだ進化中。
 岡野も、レッズも今年は違う!

 ****
 
 わたしは、一面、すごくつましく暮らしてます。職場に自転車で、弁当持参で行って、本屋で立ち読みするくらいでかえってくる。服は、通販、西友レベルが多し。セミロング~ロングヘアなので、美容院に行く回数も少ない。
 反面、趣味は結構お金がかかることばかり。舞台鑑賞、習い事、そして、旅行!

 長い前ふりでしたが、今年も行きます。1年間の、気力、体力、財力を費やすイギリス旅行。
 今年はポンドがあまりに高いので他の国にしようかと思っていたのですが、
 なんでも、マンチェスターとかいう町で、携帯電話会社のカップ戦があるとか。日本からは浦和という町のチームが出場するとか。日程は、まさしく夏休みまっただ中とか……
 これはもう、「行け!ってことですね、神様」と勝手に思いこみ、イギリス旅行を敢行することにしました。
 H.I.S.に予約金を払いに行った後、130円の切符代を惜しんで歩いて帰ってきたりと、極力節約しつつ、計画を練ってます。
 それよりまず、チケットの入手法がわからない。これで、切符買えなかったら馬鹿だわ。

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みんな仲良く

 佐世保で小学校六年生の女の子が同級生を殺した事件。
 いろいろな人がいろいろなことを言っていますが、全く、皆目状況がわからないので、個人的に思い浮かんだことだけを。
 未来のことは分からないとして、これまで生きてきた約35年間で、もし衝動的に人を殺すことがあったとしたら、小学校高学年から中学時代だったかなと思う。別にそのころ誰かを殺したいと思っていたわけではないけれど、一番煮詰まっていて、思い詰めていた時期だった。ものすごく閉塞感を感じていたというか。

 もともと人付き合いが得意ではなく、集団生活の「みんな仲良く一緒に」というのが重荷で重荷で仕方がなかった。高校大学と、「クラスの縛り」が緩くなるに連れ、明るく気楽に、狭く深くのつきあいだけではなく、広く浅くの「社交生活」を送れるようになってきた。(高校時代もだめだったかも)
 まあ、有り体に言って「くらい」だの「根暗」だの言われるようなタイプだったわけだ。小・中(高)は。おまけに運動能力ゼロだし、最近はやりの二人三脚をクラス全員でやる「40人41脚(正確な数はわからず)」なんて、テレビで見ている分にはいいけれど、あれが自分の小学校時代にあったらと思うと、ぞっとする。

 最近は運動会でも順位を付けない学校があるとか。「みんな仲良く」は、一層きつくなっているのではないのかな。
 まして、一学年一クラスの学校らしいし。これも、私は昔から、田舎の全校生徒がすごく少ない学校の、「ほのぼの学校生活」なんていう番組を見ると「あの少人数の中ではずれてしまったらどうするんだろう」と、そんなことを考えてしまうネガティブシンキングな子供でした。私は小学校5クラス、中高、9クラスずつの大規模校でしたが、やっぱり、友達、苦手な子、の2分類ではなく、圧倒的多数の「よく知らない子」がいるのは、救いだったように思えます。

 そんなのは暗いお前の話だけだろう、と言われそうです。事実、あの女の子たち二人は、明るいタイプみたいだし。
 だけど、高校時代、ボーイッシュでクラスの人気者だった女の子が、自己啓発セミナーか新興宗教に走ってしまったと言うことをその後聞いて衝撃を受けたことがあります。
 「そこで初めて本当の友達ができた」と言っていたと言う。それを聞いた時、いつも明るい人気者でいることが重荷になってしまう人もいるのだと知った。かえって「人付き合いが苦手です」という看板を首に下げている方が、ある意味気楽なのかもと。

 これは、あくまで私個人の回想で、あの事件の背景を推測しているのではありませんが、ただ、「小学校6年生」という衝撃が社会に走っているなかで、個人的には「自分もありえたかも」と思ったのです。(ただ、実行に移すのと移さないのとは、やはり、大きな差である)

 それから、またインターネットがやり玉に挙がっていますが、これについては造形作家(タグチ先輩)さんに賛成。ネットがあるから起きた事件とはまるで違う。この事件に限っては、交換日記の一変形でしかないと思う。(交換日記もしていたようですが)
 それから、サスペンスドラマもあがってきましたが、何を見ても「暗い思い」に結びつけてしまう人はいるのです。何もしない人が大部分なのだし、それを空気抜きにしている人もいるのでしょうから。
 それから、「バトルロワイヤル」もまたまた取り上げられそうですね。私はこの作品を楽しみましたし、作者が自分の書きたいことを描くのににこういう設定を選んだと言うことも、納得できました。学校にある、あの暴力的なまでの息苦しさがよく出ていた気がしました。(最初の部分)
 あの女児も、似たような物語を書いていたようですが、いろいろたまった思いを作品として昇華してくれたら良かったのにと追います。

 それから、どんな諍いがあったにせよ、殺された女の子にはもちろん非はない。子供同士のちょっとした行き違いで売り言葉に買い言葉の様になってしまったのだろう。報道がされる度に「悪口が……」と言われるのは、単なる状況説明にせよ、女の子にも、遺族にも気の毒だ。この点はぴーちゃんさんが的確に分析されていると思う。

 トラックバックをすれば、リンクは張らなくてもいいんでしょうか? よく分からないので、両方やっておきます。

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